チャイコフスキー四季によせて 光の輪チャイコフスキー四季によせてその小品からイメージする世界を詩で表現しました。何度も聞いているうちに曲が私に話しかけてくれることばたちです。クラシックの曲に詩をつけるという初めての方法には苦労もありましたが、一人で詩を書く作業とは異なり、誰かと一緒に同じ方向を見つめる気持ちが生まれ、色々なところに旅をすることができました。とても楽しい時間でした。 この作品はピアニストの演奏はもちろん、朗読とイラストによるアートともコラボレーションしています。それらを含めて全体のひとつが作り出す世界を楽しんでもらえたらういれしいです。チャイコふスキーさんも一緒に参加。そして、たぶん、びっくり!しているかも?? 1月 千年の木 (炉端で) 2月 歓喜 (謝肉祭) 3月 まどろみの夢 (ひばりの歌) 4月 予感 (待雪草) 5月 オニキスの星 (白夜) 6月 共鳴弦 (舟歌) 7月 金の靴 (刈り入れの歌) 8月 方向 (収穫) 9月 出発のとき (狩り) 10月 孤独な花 (秋の歌) 11月 小高い丘で (トロイカ) 12月 光の輪 (クリスマス) 光の輪 1月千年の木 きみはあの木を知っているかい? あの森が森になるずっと前に どの木よりも早く芽を出した それから千年も ずっとあの場所にいるあの木のことだ 深く張った根で悠久の時間を飲みながら 次々に出会う訪問者と問答し その謎かけの答えを食べてきたという きみがなぜそこに生きているのか、と。 千年の幹に触れた時 長生きの木の声を聞いた者は幸せになるという その問いを懐に抱えて旅する者の人生は きっと豊かになるという 今夜はきみとゆっくりその話をすることにしよう 2月 歓喜 ぱん!とはじけた ぱぱん!と跳ねた 体中の細胞が踊りだした 喜びはサイダーの泡 階段は三段とばし 空に一番近い場所までかけあがったら 両手をあげて 太陽に報告! こんな歓喜があったなんて 私を全部声にして ああ なんてすばらしいできごと! 3月 まどろみの夢 まだ雪に覆われた巣の中で まどろんでいた小鳥は ゆっくりと夢を見る 遠くでばさりと 雪を払う枝の声 暖かい幸福の中を 飛び回りさえずる翼の 美しい夢は そのまままどろみの中へ 再び沈んでいった まだ雪に覆われた巣の中で 4月 予感 水に落ちた確かなる音 そこに横たわる 静寂の背中を押した 水の面(おもて)には 波紋 波紋 波紋 何かが始まる 予感 予感 予感 水の底の沈黙が 波動のゆらめきを 確かにつかんだ 5月 オニキスの星 私は白夜を見たことがない 照らされ続ける夜ならば 知られたくない涙のわけを ひとりこっそり小箱にかくし 鍵をかけたい秘密のかけら 薄明るい白い夜 木陰の下で眠る鳥は 闇を求めて 翼の下に小箱を見つける 夢の中でくちばしは カチリと鍵を開くだろう 小さな小さな夜の中に 美しいオニキスひとつ 静かな夜明けの白い夜 小鳥は夢の一粒を 確かにくわえて飛ぶだろう 朝へ向かって飛ぶだろう 私は白夜を見たことがない 白夜の星は黒いオニキス 明け方に運ばれていく流れ星 6月 共鳴弦 あなたが悲しむとき 私も悲しい あなたが喜ぶとき 私も喜ぶ あなたが希望に満ちているとき 私の胸も高鳴る あなたが水辺にたたずむとき 私も側にいたくなる あなたがあなたの心に入り込むとき 私もそれを理解したくなる しかし無遠慮にふみこんだりはしない あなたの意思が音源となったとき わたしはその共鳴弦になろう あなたの波を受け止めて 静かに響く低い音で 行ったりきたりしながら そっと側にいよう 7月 金の靴 ある朝私が目覚めると 金の靴をはいていた とんがったつまさきにキラリ サファイヤのしずく 七色の編み上げひもを きゅっとしばると かかとに翼がはえてきた 私はあなたの金の靴 邪悪なものから身を守る 内なるものを外へと向ける さあ今だ その境界を 力強く踏み出そう 8月 方向 この驚きはどこへ向かっているのか とまどいが泥になり勢いを増す エネルギーの出口へ向かい もうすでに動いている 粘りをもつ力に 引き込まれ 吸い込まれ 巻き込まれ 押し出される ふと流れは方向を変え 小さな輪を作る 渦の中心をほどいて 水底に光を見せた きっとこの道でいいのだ 自由を駆けている呼吸 もう止まらない 駆け抜けろ 駆け抜けろ 力を全てふりしぼれ 9月 出発のとき 心のエンジンにスイッチを入れた いよいよ出発の時がきた 私の船に力強く真っ白い帆を張ろう 風の行方を見極めよう 雲が走るあの方向だ 見えないけれど 見たい希望が待っている 船の上には空の青 船の下には海の青 空気の青と水の青 強風が吹き荒れ波が高く荒れようとも けして混ざらぬ巨大なふたつ 形のない空気の自由に精神は広がる 形のない水の自由に意志は広がる 青の自由は私の中で混じりあい いのちを支えてゆくだろう 風向きが変化した いよいよ今が出発のとき 10月 孤独な花 下をむいて花は考えていた 私は孤独な花 私の姿は誰にも見えない 水の鏡にうつるだけ 薄紫にすける花びら 重なるほどに透明になり 水の深みに吸い込まれる 誰も知らない 誰にも見えない せめて香りを漂わせ 幾重にも波打つ花びら ふってみるが 水面の波紋にとけて消えてゆく 木漏れ日を重ねてつくった 少し甘くて悲しい香り 霧の朝 私の姿は朝露に 形どられて光っていた 薄紫の銀の粒 ほんのひととき現れた 本当の私 それなのに 陽がのぼると 銀の光は花びらをすべり 一瞬に 連なり落ちた 私はやはり孤独な花 咲いているのに誰にも見えない 涙がぽとりと 水面に落ちた 11月 小高い丘で 満天の星空を見たくなったら 小高い丘に寝転んでみる 僕が宇宙の中心になれるプラネタリウム ポケットの左手に不確かを握ったままで かざした右手の指からこぼれて見える瞬く星と 近く遠く宇宙の話をしよう とりとめもなく よいこともそうでないことも どこかで合図の鐘が鳴った 星屑たちが一斉に並び替え オーロラのスクリーンを広げた 何かが映っている? 無声映画? 主人公は僕だ 楽しそうな笑顔 何をしているのだろう? 誰かと嬉しそうに話をしている あの人は誰だろう? 少し大人の顔をした僕が まだ知らない未来で笑っていた そうだ 不確かのままでいいのだ 不確かのままがいいのだ ポケットの中で左手が暖かくなってきた 12月 光の輪 くるくる回れ光の輪 くるくる満たせ喜びの季節 若葉の梢 波の始まり 月のため息 小雪の踊り くるくる回れ光の輪 くるくる満たせ生きる喜び 誕生の産声 蝉の一生 稲穂の黄金 霜柱ふむ朝 丁寧に失う見えない時間を 光をともした祈りの中に 迎え、手渡す 受け取り、送る 季節の中で命は回る 明日のわたしが見るときへ 明日のあなたがつなぐ人へ くるくる回る光の輪 くるくる満ちる笑い声 回る回る 満ちる満ちる (2010・9・27) |